こんにちは、ゆうです。
北尾淑惠さんがテレビ出演され、昨年亡くなった夫である北尾光司について番組内で最後の様子などを語りました。
今回は北尾淑惠(きたおよしえ)北尾光司妻は精神科医者?晩年、娘や糖尿病についてお伝えしていきますのでよろしくお願いします。
ぜひ最後まで読んでいってください。
Contents
北尾淑惠(きたおよしえ)の経歴、プロフィール
今年2月10日に慢性腎不全で亡くなった大相撲の第60代横綱・双羽黒の北尾光司氏(享年55)。ズル休み休場、付け人への暴力、親方との対立騒ぎなど数々のトラブルを起こし、史上最低の「ダメ横綱」と呼ばれた角界の異端児を34年間支え続けた妻・淑惠さん
引用 スポニチ
週刊新潮に北尾光司の長女インタビュー。糖尿病により10年ほど前から寝たきりで最後のほうは目も見えなく意識が朦朧したままだったそうです。 pic.twitter.com/al8lXn1vSP
— ジャン斉藤 (@majan_saitou) 2019年4月6日
・慶應義塾大学
・精神科
であったという情報がありました。
年齢等は公表されておりませんでした。
35年の間夫、光司さんを支えつずけた方になります。北尾光司さんといえば、親方とのトラブルで、追放されてしまったりと、多くの騒動を起こしていました。
その騒動後立浪部屋に戻ることができたのも妻の淑惠さんの支えのおかげかもしれませんね。
北尾光司の経歴プロフィール
北尾氏は幼少期から恵まれた体格を持ち、中学卒業後に鳴り物入りで名門・立浪部屋へ入門すると、86年に22歳の若さで横綱に昇進。のちの貴乃花、白鵬と並ぶスピード出世に、周囲の期待は否応なしに高まった。横綱昇進を機に、しこ名を双羽黒に改名したが、昇進後の成績は振るわず在位8場所で優勝はゼロ。稽古嫌いで、親方に怒られると実家に帰省するなどやりたい放題。その後は立浪親方と衝突し、24歳4カ月で横綱廃業へと追い込まれた。
引用 スポニチ
22歳の若さはありえないくらいのスピード出世ですよね。
しかしながらそこからわずか二年ほどで度重なるトラブルと成績不振で廃業になってしまっています。
プロの世界で活躍し続ける難しさを調べて改めて感じました。
北尾淑惠(きたおよしえ)北尾光司の娘は?
北尾淑惠さんと北尾光司さんには24歳の娘がいらっしゃいます。
北尾光司 さん妻淑惠さん「とてもピュアな人でした」#sumo #大相撲 #双羽黒 #プロレス https://t.co/EANoA769D4
— 日刊スポーツ (@nikkansports) 2019年3月29日
葬儀は生前からの本人の希望で娘と私だけの家族葬としました。何かと世間をお騒がせしましたが、主人は曲がったことが大嫌いな、とてもピュアな人でした。この場をお借りしまして、主人を応援してくださった皆様に厚く御礼申し上げます。
スポーツ選手だと、我が子に同じような競技を教えるのは一般的ですが北尾光司さんは違ったようです。
相撲から、プロレスラーですから、まさに格闘技一色。一人娘には危険な目には会わせたくなかったのでしょう。とても優しいお父さんだったのですね。
メディアの印象とは違い家庭的な面をお持ちだったんだと思いました。
ピュアで曲がったことが大嫌いと言っていることから、真面目なお父さんであったことがわかります。
北尾光司は糖尿病?
明日放送か 絶対観よう https://t.co/3DAzEB1uXl
— オビト (@endo_endou) 2019年6月27日
北尾光司さんは15年間の間糖尿病を発症しており、その影響で両足切断を医師に勧められるほどの状態でした。
以前の横綱の面影はないくらいに日に日に弱った姿になっていったようです。
誰しもがこのようになっていきますが、スポーツの世界で活躍した過去と照らし合わせると、本人も相当辛かったんではないかと思います。
6年間の闘病生活ののち、2月10日慢性腎不全のため、千葉県内の病院で他界。
闘病生活がかなり長かったのですね。
北尾淑惠(きたおよしえ)北尾光司妻は精神科医者?晩年、娘や糖尿病についてのまとめ
今回は北尾淑惠さん、北尾光司さんについて、闘病生活などをお伝えしました。
優しいお父さんでなおかつ妻思いの方であったことがわかりました。
ファンもたくさん抱えており、人望、魅力ある方ということがわかりました。
最後まで読んでいただきありがとうございました!